東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)130号 判決
事実及び理由
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
一 原告は、本件審決は、本願考案の箱尺と引用例記載のものとの構成上の相違点がもたらす作用効果上の差異を看過した結果、本願考案は引用例及び周知事項に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものであるとの誤つた結論を導いたものであつて、この点において、違法として取り消されるべきである旨主張するが、原告の右主張は、以下に説示するとおり、理由がないものといわざるを得ない。
1 前示本願考案の要旨に成立に争いのない甲第二号証(本願考案の実用新案登録願書並びに添附の明細書及び図面)及び第五号証(昭和五六年九月一七日付手続補正書)を総合すれば、本願考案は、従来のグラスフアイバーの一体成形による複数個繰出し型測量用箱尺では、断面を円形あるいは楕円形等に形成し、その表面に所要の目盛文字を表記することとし、また、楕円形断面を有するものでは、更に円形のものと異なり使用中の転動を防ぎ得るようにしたものであるが、湾曲表面に表記した目盛は、測定の際、水平視線の上下部分が湾曲して検視され、測定誤差を生じるおそれがあり、また、断面円弧形の測定杆は各別に水平方向にわずかながら冗動したり、伸張時には延長方向に撓み移動する欠点を有するものであつたことから、これらの点を改善し、目盛表示も容易かつ正確で、測定杆の伸縮時における冗動と使用中の転動とをなくしたグラスフアイバーの一体成形による箱尺を得ることを目的として(前掲甲第五号証中の明細書第一頁第一四行ないし第二頁第八行)、前示本願考案の要旨(本願考案の明細書の実用新案登録請求の範囲の項の記載と同じ。)記載のとおりの構成を採用し、右構成により、<1>保持が容易になつて携帯上便利であるうえ、<2>平面巾が広いことから、目盛の表示及び測定が容易になつて、製作及び測量の能率を向上でき、<3>前後平面巾が管体相互の回り止めになり、ひいて使用中の箱尺の転動を防止するとともに、<4>箱尺として目盛の表示を常に水平線上に維持できる結果、測量の精度を高めるという作用効果を挙げ得たものであることが認められる(同第三頁第九行ないし第一六行)。そして、右<1>の作用効果は、主として、本願考案の箱尺が、内径を順次縮尺する複数個の中空管体を伸縮自在に嵌装せしめてなる構成であることに基づくものであり、右<3>の作用効果は、各管体の断面形状を前後が直線で両端が半円形の長方形とした構成であることに基づくものであり、右<2>及び<4>の作用効果は、各管体の広巾前面に適当な目盛を表記した構成であることに基づく作用効果であると解することができる。他方、引用例に、本件審決認定のとおり、内径を順次縮尺する複数個の中空管体を、伸縮自在に嵌装して連結させ、各管体の断面形状を、楕円形状に形成し、管体の汎面部分(楕円形状の面のうち、より偏平な方の面)、すなわち正面箇処に上下管体面に連続して適宜の目盛を表記した測量用箱尺が記載されていること、並びに一般の箱尺において、目盛を平坦な面に設けることが、方形の箱尺等においてみられるように普通に行われていることは、原告の自認するところである。叙上認定したところによれば、本願考案の箱尺と引用例記載のものとは、内径を順次縮尺する複数個の中空管体を、伸縮自在に嵌装せしめてなる箱尺において、各管体の所定の面に適当な目盛を表記してなる測量用箱尺である点で一致しているが、(1)各管体の断面形状が、本願考案は、前後が直線で両端が半円形の長方形であるのに対し、引用例記載のものは楕円形である点、(2)目盛を表記する面が、本願考案は、直線の広巾前面であるのに対し、引用例記載のものは、楕円形状の管体の汎面部分、すなわちより偏平な方の面である点の二点においてその構成を異にしている(以上の事実は、原告の自認するところである。)。
2 そこで、原告主張に係る本件審決が看過したとする両者の右構成上の相違点に基づく作用効果に関し、右相違点(1)について検討するに、本願考案の箱尺の前面平面巾が管体相互の回り止めになるという効果について、引用例記載のものは、本願考案の箱尺のような前面平面巾を有しないため、換言すれば、管体相互の回り止めに積極的に作用する管体相互の係合部分がないため、本願考案の箱尺に比べれば、管体相互の回動を比較的起こし易い形状であるといえないこともないが、引用例記載の箱尺の管体断面が楕円形であつて、前面平面巾を有しないからといつて、管体相互が使用に支障を来すほど回動するものとは限らず、各管体相互の接合精度を高めれば、実質上障害をもたらすほどの回動を起こすとはいい難いから、右の効果は、格別の効果ということはできない。また、各管体の断面形状が、本願考案は、前後が直線で両端が半円形の長方形であるのに対し、引用例記載のものは楕円形であることから、本願考案の箱尺の方が、引用例記載のものに比べて、より使用中の箱尺の転動を防止するという効果を奏するであろうことは想像に難くないが、右作用効果上の差異は、質的な差異ではなく、成立に争いのない甲第四号証(引用例)によれば、引用例のものもその明細書に、使用中に転動の憂いがない作用効果がある旨の記載が認められるのであつて、箱尺の断面形状の相違に基づくわずかな程度の差に過ぎないものと認めるべきである。なお、原告は、甲第一三号証(目盛付測量柱)及び第一四号証(円筒形箱尺)の先行技術が存在するにかかわらず、引用例記載の円形近似の楕円形断面杆柱の箱尺に進歩性が認められたのと同様に、本願考案も原告主張の効果があることにかんがみ、考案の進歩性を認めるべきである旨主張するが、本願考案が進歩性を有するかどうかは、引用例記載の考案自体の進歩性の有無とは関係がないことは論をまたないところであり、原告の右主張は、失当といわざるを得ない。次に、相違点(2)について検討するに、本願考案の箱尺においては、目盛を表記する面が直線の広巾前面であることから、目盛の表示を常に水平線上に維持することができ、測量の精度を高める、という作用効果を奏することができるのに対し、引用例記載のものにおいては、目盛を表記する面が楕円形状の管体の汎面部分、すなわち、より偏平な方の面であることから、箱尺を水平方向から読み取る場合には、目盛を水平線上に維持して測量することができるが、比高のある場合の測定に際しては、目盛が曲線状になつて、目盛の表示が水平線上に維持できない場合があることは想像に難くない。しかしながら、本願考案の右作用効果は、単に、目盛を平面に表記したことに基づく効果であるにすぎないから、前示の前面平面巾をもつた周知の箱尺の奏する効果と同一であることは、明らかである。この点に関し、原告は、スタジア測定において、比高のある場合には、引用例記載のものは目盛表記面が湾曲しているために、目盛線が曲線に見えて、測定誤差を生ずるが、本願考案の箱尺においては、表記面が平面であるために測定精度が高く、正確な測定ができる旨主張するが、目盛表記面が平面状のものは、前記のとおり周知であるから、本願考案がスタジア測定において奏する右の効果は、右周知の箱尺の奏する効果と何ら異なるところはなく、したがつて、原告の右主張も採用することができない。
以上認定説示したところによると、原告主張の本願考案の作用効果は、いずれも格別のものということができず、本願考案をもつて引用例記載のもの及び従来周知の事項から、当業者が極めて容易に考案をすることができる程度のものとした本件審決の認定判断は正当というべきである。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註〕本願考案の要旨は左のとおりである。
内径を順次縮尺する複数個の中空管体1を、伸縮自在に嵌装せしめてなる箱尺において、各管体1の断面形状を、前後が直線で、両端が半円形の長方形とし、直線の広巾前面Aに適当な目盛4を表記してなる測量用箱尺。